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◆そうだ! アリス亭に行こう!
「あら? レミィ、一体どこに行くの?」
「パチェ……。ちょっと散歩に行こうかと思ってね」
日も沈み、夜の象徴が浮かんでくる。闇の眷属の時刻……。
妖しい月の光に誘われて、屋敷の中をうろついていたのだが、それだけでは我慢できなくなり外に出かけようかと廊下を歩いていた所でパチェとばったり出会う。
普段は図書館に篭りきりで館内ですら滅多に見かけないのに……。
「なるほど、今日は満月なのね……」
今更気づいたのか、パチェは窓から空を見てポツリと呟く。
「そう、今宵は満月、良い夜だわ。あぁ、静かで本当に良い夜ね……血も吸いたくなるほどにね」
「散歩はいいけど、あまり羽目を外し過ぎないで欲しいわね」
パチェは呆れたように、深く深くため息をついてくれる。
いつも通りの感情の起伏の少ない様子のパチェが信じられない。
魔女として、何か感じるものは無いのだろうか?
私はこんなにも楽しいのに。
「パチェはこの気持ちを理解してくれないのね。悲しいわ」
「はしゃぎ過ぎて紅い霧の時みたいに、どこぞの巫女にお灸をすえられないようにね」
「はいはい、わざわざ忠告ありがとう。で、そんな事を言うために図書館を出てきたのかしら?」
「まさか。こっちの書斎の方に少し用があって……」
「へぇ」
「そうそう、レミィを占ってみたら、面白い結果がでたわよ」
「運命を視る私に占いなんて、ナンセンスね」
「そう言わずに……。えーと、今日の貴女には素敵な出会いがあるかも。ラッキーポイントは散歩。ラッキーカラーは……」
少し訂正。外見からはわからないが、パチェも気分が高揚しているみたいで、普段からは想像もできない事を言っている。しかも結構棒読みで。
「ずいぶんと胡散臭い占いね。付き合ってられないわ」
「あ、ちょっと!」
廊下の窓を大きく開け放つと、まだ続けようとしていたパチェを尻目に夜空へと飛び出した。
紅魔館を飛び出し、湖を越え、特に目的も無く夜空の散歩を楽しむ。
「たまの散歩も気持ちいいものね」
月の光が降り注ぐ空を飛んでいると、なんだか楽しい気分になってきて思わず、無意識の内に鼻歌までこぼれてくる。
「あら?」
上機嫌のまま、周りの風景を楽しみながら飛んでいると、地上に見覚えのある人影を見つけて、思わず声がこぼれてしまう。
金髪に多めのレースが目立つワンピース。まるで、人形の様ないでたちをしたその人は自分の今、一番のお気に入り、アリス・マーガトロイドその人だった。
「あらあら、こんばんは。人形遣いさん」
上空から滑空し、低空まで降りて頭上から声をかけると、体をビクリと震わせて、驚いた様子が手に取るようにわかる。
「こんばんは。吸血鬼さん」
アリスはにこやかに挨拶を返してくれるが、表情はどこと無くぎこちない。
「アリス。こんな夜のこんな時間に外で何をしてるのかしら? まさか、私を待っててくれたとか?」
「いえいえ、そんな事はないですわ。今日はちょっと急いでますから、じゃ、そういう事で!」
「あ、ちょっと!」
それだけ言うと、私の言葉も聞かずに急に空に飛び上り、猛スピードで魔法の森の方角へと飛んでいってしまった。
そんなアリスを呆然としたまま見送った後。
少し時間が経ってようやく脳が理解し始めたのか、露骨に避けられた事に対して沸々と不満を覚え始める。
「アリスったら、全く……。私と貴女の仲じゃない……」
♪
「ハァハァ……」
息を切らしたまま、家に駆け込んでドアを閉めて鍵をかける。
久しぶりに全力を出した気がする……お蔭で完全に息が上がってしまった。
里への買出しの帰りにレミリアに会うとは本当に驚いた。
今日は満月だったから気分が良くて、歩いて帰ろうとしたのが失敗だったのかもしれないけど……。
反射的に避けるように帰ってきてしまった事に少し罪悪感を覚えるが、次に会った時に詫びればいいかと思い直す。
「今更、気にしてもしょうがないわね……とりあえず、買ってきたものを……え?」
「お邪魔してるわ〜」
後ろを見ると、ひらひらと手を振るレミリアが何故か立っている様に見えるのは気のせいと信じたい。
「……なんで、家の中にいるの?」
「私が吸血鬼である事を考えれば、わかるでしょう?」
「えーと?」
「鈍いわねぇ。霧になればどこにでも進入可能。その上、アンタとは飛ぶ速さがそもそも違う」
「どうせ、私は鈍いし小物ですよ……」
そこまでハッキリと言われると、何だか落ち込んできた……。
「で、わざわざ家にまで押しかけて何をする気?」
「いや、特には……」
清々しいほどの笑顔でレミリアは即答してくれる。
「じゃ、帰りなさいよ!」
「そう言わずに……友人が折角訪ねてきているんだから、それなりの対応はしてくれてもいいと思うけど」
「友人って……」
それはどういう意味かと問いただしたかったが、取りあえずこの場では気にしない事にする。
「ま、満月の夜に私を外に野放しにする覚悟がアンタにあれば、今日の所は勘弁してあげてもいいけれど」
「はいはい。わかったから。折角来たのだから、もうゆっくりしていけばいいじゃない!」
半ばヤケクソになりながらも、レミリアを歓迎する姿勢を見せる。
「あら、悪いわね」
「言葉の上だけで、謝られてもね……」
「何か言ったかしら?」
「別に……何もー」
色々と言いたい事はあるけれど、家の中で暴れられても困るので、引きった顔で笑うしかなかった。
♪
リビングにまで案内されると、リビングテーブルの上に何かが置かれているのが見える
「来客が来るとは思ってなかったから、少し散らかっているの」
そう言って、アリスは机の上に置かれた道具に手をつける。
「ちょっと片しちゃうから少し待ってて……あ、座ってて良いわよ?」
「……わかったわ」
入口で立ち止まったままの私に気がついて、アリスは振り向いて椅子に座るように勧めてくれる。
「えーと。これはここで……。これは……うーん、取りあえずここに仕舞っておきましょう」
何事かをブツブツと呟きながら片づけをするアリスをじっと見つめる。
「ねぇ、アリス」
「え? 何か用?」
「普段からそんなに独り言が多いの?」
「嘘!? 声に出てたかしら!」
「ばっちりと」
「人形作りをしていると、自然に独り言が増えてる気がするわね。人前で止められないのは恥ずかしいから直さないといけないわねー」
「私はアリスの意外な一面が見れていいのだけどね」
「ちょっと、からかうのは止めてよね」
恥ずかしそうにアリスは頬を染める。
「からかってるつもりは無いのだけれど」
「はぁ、これだからレミリアは……」
そう言いながら、道具を持ってどこかに行ってしまう。
お客を待たせて勝手にどこに行ったのだろう……都会派が聞いて呆れる。
手持ち無沙汰になってリビングを見渡すと、どこを見ても人形、人形人形……。人形しか目に付かない。
あぁ見えて、意外に少女趣味な我が従者が見たら目を輝かすであろう。
……人形ばかりで、友人の図書館とは別の意味で少し埃っぽいのが欠点ではあるけど。
部屋を見回していると、アリスがお盆に何かを乗せて戻って来る。
何を乗せているのか気になったが、その疑問はすぐに解決される。
「はい。お茶よ」
アリスの細い指先が滑り、目の前のテーブルにそっと紅茶の入ったカップが置かれる。
「一体、どこに行ってたのかと思ったわ」
「客人を持て成すのにお茶を出すのは間違っているかしら?」
ふふっ、とアリスが笑って、私の対面の椅子に腰を下ろす。
「では、いただくわ」
淹れてくれた紅茶をすっと一口飲む。
口の中で紅茶の味が広がって、鼻にまでふんわりと優しい茶葉の香りが広がる。
カップから口を離すまでの動きをジッと見つめてくるアリスの視線はなんだかムズ痒い。
「……安い葉ね」
あまりに真剣な瞳のアリスがおかしくて、ちょっと意地悪な返答をしてしまう。
「しょうがないでしょ! 貴女のトコの葉と比べないでよ!!」
「あら、ごめんなさいね」
「棒読みで謝られてもね」
アリスは深くため息をついて、呆れた様な、諦めた様な返事をする。
「……冗談よ」
「え?」
「アリスの反応が面白いから、からかってみただけ」
「ちょ、ちょっと! そういうのは止めてよね!」
「あははははっ、ごめんね。でも、改めてみると、すごい人形の数ね……圧巻だわ。流石、人形遣いと名乗るだけはあるわね」
「そ、そうかしら?」
褒められたのが少し嬉しいのか、恥ずかしそうに頬をかく。
「全部手作りなの?」
「うーん。殆どは。一部は蒐集してきた物だけど……」
「この数を一人でねぇ……大変だったでしょ?」
「それほどでは……私の魔法使いとして選んだ生き方だし……」
「パチェは本……。アリスは人形か……」
そっと呟きながら、お茶を再び口に運ぶ。
少し温くなってきてはいるが、まだまだ美味しく飲めそうだ。
「何か言いたい事でもあるの?」
「別に」
「……そう? 何も無いのなら良いのだけど」
「さて、これから私は晩ご飯作るけど、食べてく?」
「折角だから頂くわ」
「何か嫌いなものは?」
「紅魔館当主として、そんなものあるわけが無いわ!」
「はいはい。そんな事言ってると、ニンニク入れるわよ」
「そんな事したら……周囲一キロを灰にするわよ」
一度言葉を切って、アリスを睨みつけてあげる。……冗談だけど。
「じょ、冗談よ? 気にしないでね」
アリスは怯えた様な顔をしながら私の顔をうかがってくる。
そんな顔を見ていると、段々嬉しくなってくる私は変かしら?
「わかってるわよ。料理、期待してるわよ?」
「……うん! 任しといて!」
少し理解するのに時間がかかったようだが、言葉の意味を汲み取った、アリスは嬉しそうに台所の方に消えていく。
そんな嬉しそうな後姿を見届けると、私はどんな料理が出てくるのだろうかと楽しみにして待つ事にする。
「しかし……おとなしく待ってるのも暇なのよね……」
少しの間改めて部屋を見渡してみたりして時間を潰していたが、すぐに飽きてくる。
席を立って近くの人形に手を伸ばそうとすると。
「あ、人形には触らないでよ」
「そ、そんな事、私がするわけないじゃない」
アリスが絶妙なタイミングで様子を見に来る。
伸ばした手を慌てて引っ込める。
「……本当かしら」
「少しは信用してよ」
「疑ってごめんね。レミリアがそんな事する訳無いわよね……まだもう少しかかりそうだから、もうちょっと待っててもらっていいかしら?」
「わかったわ」
釘を刺されてしまってはしょうがないので、おとなしく待っているしか選択肢が無くなってしまった。
♪
「お待たせ! 思ったより時間がかかっちゃったけど……」
「それだけ、凝ってるという事でしょう? 期待させてもらうわ」
「ちょっと頑張り過ぎちゃったかもね。では、どうぞ!」
「さて、どんな料理……」

その出された料理を見て思わず固まってしまう。
プレートに盛られたご飯に立つ旗。
ご飯にかかるカレーと小さくスパゲティが盛られ、デザートにはプリン。
ご丁寧にプリンには生クリームとさくらんぼがのせられている。
「あの、アリス……」
「何かしら?」
ワナワナと声を震わせて、アリスに顔を向ける。
その料理を作った本人はニコニコとこちらの反応を見ている。
「こ、これは馬鹿にしていると取っていいのかしら……?」
「あ、ハンバーグの方が良かった?」
「子ども扱いするなーーーッ!」
♪
「そこらの妖怪なら裸足で逃げ出す最強種たる吸血鬼に。お子様カレーとはやってくれたわね」
「でも、最終的にお替りまでしてたけど……」
「余計な事は忘れなさい」
「はいはい。紅茶は淹れたわよ。これからどうする?」
「色々な事を話してみたいわ」
「しょうがないわね」
私のお願いを聞いたアリスはクスクスと笑うのだった。
お茶を飲みながら、アリスと話していると、不意に『ボーン。ボーン』とどこからか音が聞こえてくる。
「そしたら、パチェが……何の音?」
「あら、もうこんな時間なのね……」
アリスの向かう視線の先を目で追うと、リビングの柱にかけられた時計が零時を告げていた。
「レミリア。貴女は今日どうするの? もう私は眠くなってきたのだけど……」
アリスは本当に眠そうに、欠伸をかみ殺している。
「……楽しい時間はすぐ過ぎるわね」
「え? 何か言った?」
思わず呟いた独り言にアリスが聞き返してくる。
「なんでもないわ。今夜のところはお暇させてもらうわ」
そう言って椅子から立ちあがると、アリスも席を立ちあがる。
「どうしたの? 何か忘れ物?」
「玄関までは送るわよ。当然でしょう、お客さんなんだから」
「むぅ……どうにも余所余所しいわね。友人という扱いされてもいいと思うのだけれど……。まぁ、私個人としては恋人という扱いでも、別に構わな――」
「はいはい。私はもう眠いんだからふざけてる暇は無いわよ」
私はアリスに背中を押されるがままに玄関にやって来る。
「それじゃ、レミリア。今夜は楽しかったわ」
「私もよ。今日の食事のお礼は近い内にさせて貰うわ」
「別に見返りを求めてないから気にしなくていいわよ」
「いいえ。私の気が済まないから意地でもさせてもらうわよ。そうね……紅魔館でお茶会なんてどうかしら?」
「ま、気が向いたらね」
アリスは眠そうに目を擦りながら気の無い返事をする。
もう少し話してみたかったが、そろそろアリスも限界のようなので名残惜しいが今日のところはこれまでの様だ。
「それじゃ、近い内に」
「じゃ、また」
「うん。またね。レミリア」
フワリと宙に浮かんで、後ろを振り返り、別れの挨拶をすると、一気に加速して紅魔館の方向へと飛び立つ。
でも、私達の寿命で言う「また」とはいつなのだろうか?
一ヵ月後? 一年後? それとも、十年後?
でも、そう遠く無い未来に約束は果たされるだろう。
◆あとがき
掲載その2となります。
オフセの方に収録されていたSS『ある結末』ですが、流石に公開するには躊躇われる。と、言うか恥ずかしいので飛ばして公開となりました。
昔に書いたもの過ぎてちょっと出来が……orz
さて、本文ですが。
レミリアにお子様ランチ食べさせたかった!
……それだけ? って聞かれると困るのですけどね!
挿絵に遊びが入っています。
わかる人が皆無で涙目w
(2008/11/29)
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