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◆人形遣いと吸血鬼のお茶会

 コンコンコン。
 リビングで今日も変わらず人形作りに精を出していると、家のドアをノックする音が聞こえる。
 丁寧にノックされている様子から言って、魔理沙ではない様だ。
 そもそも魔理沙はノックなんてせずに、問答無用で突き破ってくるからね……。
 以前の無茶苦茶な訪問の仕方を思い出して、苛々がこみ上げてくる。

 コンコンコン。
 急かされる様に再びノックが繰り返される。

「はいはーい。今出まーす!」

 急ぎ足で玄関に向かい、ドアを開けて珍しい客人を迎え入れる。

「……あら? 咲夜じゃない。もう日も沈んでるというのに一体何の用よ?」

 空けた先に立っていたのは、紅い館のメイド。十六夜咲夜だった。

「ちょっとしたメッセンジャーよ」
「一体何を言って――」
「ま、用はこれ」

 説明が面倒臭いのか、言葉を遮って白い便箋を渡してくる。

「ねぇ、何なのよ……これ」
「開ければわかるわ。確かに渡したわよ。それじゃ、私は用事があるからこの辺で」

 それだけ言い残すと、次の瞬間咲夜の姿は消えていた。
 言うだけ言って、時を止めて去っていくとはなんともせっかちなメイド長だ。

「こんなものを渡すだけ渡して説明も無いなんて……」

 文句を言うべき相手は既にいないが、それでもぶつくさと文句を言いながら、便箋を持ってリビングに戻る。
 はさみで丁寧に便箋の隅を切り封を開けると、紙片が一枚入っている。
 その紙には小さな文字で何かが書かれている。

『アリス・マーガトロイド様

 今晩、貴女を招きまして食事会。並びに食後のお茶会を開催したい次第です。
 お時間に余裕がありましたら紅魔館までお越しくださるようにお願いいたします。

  紅魔館当主 レミリア・スカーレット』

 丁寧にレミリア自身の名前の所は紅いインクで書かれているのだが……まさか血文字じゃないわよね?

「それに、今晩だなんて急過ぎるわよ……一体何を考えてるのやら。そんな急に言われたって時間が取れるわけ無いじゃないの」

 相変わらず人の都合を考えないレミリアに多少怒りながら、テーブルに便箋と手紙を投げ出す。

「さて、今日中に予定の作業を終わらせないとね……」

 そう自分に言い聞かせて、先程までの作りかけの人形制作に再び取り掛かる。
 しばらく人形制作に励んでいたのだが、テーブルに投げ出されたままのレミリアからの手紙をチラチラと見てしまって、全く集中できない。
 …………。

「あー、もうしょうがないわね!」

 人形作りに集中できないから、“仕方なく”気分転換に外出するのだと、自分に言い聞かせながらも出かける準備を始めた。


     ♪


 紅魔館前にまでやって来ると、門前には先程別れたばかりの咲夜が立っている。

「あら? 貴女がお出迎え?」
「お待ちしておりました。アリス様。お嬢様が館内でお待ちです」

 恭しくメイド長自らが出迎えて、歓迎の言葉とともにぺこりと頭を下げられる。

「ちょ、ちょっと、いつも通りで良いわよ。なんだか、そう改められると、ムズ痒いわ」
「……わかったわ。お嬢様が屋敷内で首を長くしてお待ちよ」

 咲夜に促されるままに門をくぐり、館の入り口が咲夜によって開かれる。
 扉が完全に開ききる前に、『何か』が飛び出す。
 突然の事に私はそれを避けられるはずも無く、体当たりを食らいバランスを崩しかける。

「いらっしゃい! アリス。今晩はゆっくりしていってね」

 その飛び出してきた『何か』こと、レミリアは無邪気に私に笑いかける。

「いきなり飛びつかないでよ……。危ないじゃない」

「アリスが来るのが待ち遠しかったから、しょうがないのよ」
 いつに無く我儘お嬢様ぶりに早くも疲れを感じ始める。

「さぁ、こっちこっち」
「ちょ、ちょっと」

 レミリアに手を引かれるがまま、廊下を進むと突き当たりの扉の前で立ち止まる。

「料理の準備は整ってるわ」
「もし私が来なかったらその料理はどうするつもりだったのよ」
「アリスに限って、人の誘いを断ったりはしないわ」
「随分信用されているのね」
「勿論。さぁ、食事会を始めるとしましょ……」

 そう言いながらレミリアが食堂の扉を開けると、その体勢のまま何故か凍りつく。

「どうしたの?」

 レミリアの視線を覗き込むと、パチュリーが既に席に座っているのが見える。
 そんなパチュリーにカツカツと歩み寄っていく。

「あら、どうしてパチェがここに居るのかしらね」
「あら? 私が居たら都合が悪い事でもあるのかしらね。レミィ」
「都合が悪いも何も、パチェは呼んではいないのだけれど……」
「小悪魔が咲夜からアリスが来るという情報を掴んできてくれてね。面白そうだから図書館から出てきてみたわ」
「普段は呼んでも出てこないのに、また邪魔するつもり?」
「邪魔なんてとんでもない。私もアリスと一緒の食事がしたいだけよ?」
「よくもそうぬけぬけと……」
「えーと、二人ともケンカはダメ……よ?」

 弾幕ごっこに発展しそうな雰囲気だったので、流石に二人の止めに入る。

「まぁ、アリスが言うなら」と二人とも同時に刃を収める。
「あはははは……」

 私の声が鶴の一声になる状況というのも、なんとも稀ではあるのだが。

「では、パチェも加わったけど、食事会を始めましょうか……咲夜」
「はい、お嬢様」

 今までどこにいたのか、レミリアが声をかけるとすぐにメイド長が現れる。
 食事会が始まると、パチュリーとレミリアの衝突も無く、滞りなく料理が進んでいく。
 運ばれてくる料理はどれも今まで口にしたことが無いようなものばかりだった。
 途中、どうしても疑問に思うことがあったのでレミリアに訊ねてみる。

「それはそうと、どうして今日は突然呼ばれたのかしら?」
「以前の約束を果たさせてもらおうと思って」
「約束?」

 さて、約束? レミリアと何か約束を交わした事などあっただろうか……?
 思い当たる節が無く小首をかしげる。
「ほら、前にアリスの家で……」

「あぁ、そんな事もあったわね。あの時は眠かったから、すっかり忘れてたわ」

 合点がいった私は大きく頷く。

「……アリスの家にまで押しかけたの?」
「えぇ、以前の満月の日にアリスに招待されてね」
「あれは招待と言うより、レミリアが押しかけただけでしょ」
 レミリアの事実の曲解に多少呆れつつも口を挟む。
「へぇ……レミィでさえもアリスの家に行った事があるのに、私はどーせ……」

 なにやらトラウマスイッチが入ってしまったパチュリーがブツブツと呟き始める。
 少し……いや、かなり不気味だが。

「パ、パチュリーも今度都合の良い時に呼ぶから、ね?」
「……本当?」
「勿論」

 顔を上げたパチュリーに微笑む。

「さて、料理も全部で終わったから、お茶会にしましょうか。先に私の部屋のテラスにまで行っているわね」
「あ、レミリア。ちょっと……」

 レミリアは突然席を立ったかと思うと、静止も聞かずに出て行ってしまう。

「なんなのよ……全く」
「妬いてるんでしょう……」
「え? パチュリー、何か言った?」
「何も言ってないわよ。じゃあ、私たちも行きましょうか……?」

 レミリアの消えた先をボーっと見ていて、パチュリーが何か言ったのに、聞きそびれてしまった。
 訊ね返してみるが、パチュリーは言葉を濁す。

「そ、そうね」

 メイドに後片付けを頼むと、二人で食堂を出て、レミリアの部屋に向かうが、途中でパチュリーが立ち止まる。

「パチュリー、どうしたの?」
「図書館でちょっと問題が起こったみたいで小悪魔が私を呼んでるから、用事が済んだら後から行くわ。レミィにそう言っておいて」
「わかったわ」

 少し急ぎ足のパチュリーの後姿を見送ってから、自分もレミリアが待つテラスへ急いでと足を向ける。
 テラスに足を踏み入れると、レミリアに以前お茶を淹れて貰った時と同じような高そうな茶器がテーブルに置かれ、テーブルとセットになった椅子にレミリアが既に座っているのが見える。

「あら? パチェは?」
「後から来るらしいわよ」

 レミリアの前に置かれたカップからは少し湯気が立っているのが見える。

「先に始めてても良かったのに」
「え?」
「冷めちゃうでしょ?」

 心なしか湯気の上がり方が弱いカップの紅茶を指差すと、心外だと言うように。
「アリスは私に一人で紅茶を飲めと言うの?」

「いや、別にそういうわけじゃないけど……」
「パチェはいないけど、お茶会を始めましょうか……」

 促されるままにレミリアの対面の椅子へと腰を下ろす。
 席に座るのを確認すると、レミリアが紅茶をカップに注いでくれる。

「ありがとう」
「どういたしまして」

 入れてくれた紅茶を飲んで一息つくと、前々から気になっていた事をおずおずと訊ねてみる。

「折角の機会だから聞いておこうと思うのだけど……」
「何かしら?」
「どうして、レミリアは私にかまってくるの?」
「それは、どういう意味かしら?」
「別に最初は何の繋がりも無かったのに」
「そうね……」

 カップを受け皿に置いて、立ち上がり私に背を向けて、テラスを歩き出す。

「実はそれなりに力はある筈なのに、本気を出さない所に興味を持って」

 月の光に照らされたレミリアの姿は。

「可愛い人形を作ってたりとか、魔法使いというのに人間っぽい所とか」

 やっぱり、夜の王たる風格を持っていて。

「色々な要素があるけど、アリスとは一緒にいると面白いなって」



 どんどんレミリアに魅了されていく自分がわかる。
 くるり、と振り向いてニッコリと笑う。
 適わないな……。

「って、途中まで思ってたけど、次第に毎回驚いてくれるアリスの反応が楽しくなってきたから、今はもうどうでもいいんだけどね!」
「貴女はもう少し空気を読みなさいよ! 私が折角…………なんでもない!」

 うっかり口を滑りそうになり、慌てて口をつぐむ。

「折角? 折角何なのかしら?」
「いや、それは別に他意はないわよ。何の関係も無いんだからね!」
「それは本当かしらねぇ〜?」

 私の目の奥の思考まで読み取るかのように、レミリアが顔を近づける。
 近い! 近いってば!!
 そんな心の声が聞こえるわけも無く、さらに顔を近くなる。
 聞こえてたら聞こえてたでさらに調子に乗りそうな気もするけど……。

「うぅ……」
「顔を真っ赤にして、アリスは本当に可愛いわねぇ」
「パチュリーがそろそろ来るかもしれないから、離れてよ……」

 絞り出すような声でレミリアに抗議する。

「…………」
「あら?」

 急にレミリアが俯いて大人しくなる。

「…………見られたら」
「え?」
「パチェに見られる。それがどうしたって言うのよ!」
「ど、どうしたの?」

 顔を上げたレミリアの目元には小さな水滴がキラリと光った。

「こんなにも私はアリスを気にかけてるのに! 今日も突然呼びはしたけれども来てくれた! でも、アリスは別に私の事なんて怖い吸血鬼としか見てくれてないのね……もうアリスに関わらないから安心して」

 そのまま後ろに振り向いて、テラスから去ろうとする。
 いつもはピンと張っている羽根も元気なく萎れた様になっている。

「ちょ、ちょっと待ってよ。レミリア!」

 ついそのまま去ろうとするレミリアを後ろから抱きすくめてしまう。

「……これはどういう事かしらね」
「私も体が勝手に……」
「引き止められるという事は少し脈があると期待してもいいのかしら?」

 このままレミリアを行かせてしまったらもう会う事はないだろうという、そんな嫌な予感がして思わず引き止めてしまった。

「今日招待状が来た時はお嬢様の我儘に態々付き合ってやるもんかと思ったのよ」
「やっぱり、邪魔だったんじゃ……」
「最後まで聞きなさい」

 抱きすくめているレミリアの体をさらにぎゅっと抱きしめる。

「最初はそうは思ったわよ。でもね、私はレミリアの我儘に付き合うのも悪くは無いかなって思い始めたの」

 そこまで言うと、レミリアは自分の手を、前に回されている私の手へと重ねる。

「……私、物凄く我儘よ?」
「知ってるわ」
「……無意識にアリスを傷つける事をするかもしれない」
「まだ実害は被ってはいないわよ」
「…………ッ!!」

 腕の中のレミリアが細かく肩を震わせている。
 確かに彼女は吸血鬼で私よりも長く生きているかもしれない。
 でも、今、腕の中に納まっている彼女は、私が抱きすくめる事ができるくい小さな体じゃないか。
 ただ一時の元気の無いレミリアを見て、情に流されている可能性もある。
 しかし、レミリアの隣で一緒になって、笑ったり、泣いたり、怒ったりするのが嫌いじゃない自分がいるのが何よりの証拠じゃないだろうか?

「……アリス」
「なぁに?」

 さっきまで口数が少なくなっていたレミリアがおずおずと声をかけてくる。

「早速、私の我儘聞いてくれる?」
「何かしら?」
「言葉だけじゃなくて、行動が見たいな……」
「具体的には?」
「キ、キスして欲しいなって」

 レミリアは抱きしめられた私の手を解き、私の顔色を窺うかのような遠慮しがちな態度を見せる。

「……いいわよ」

 レミリアは肩を震わせながらも、目をつぶる。
 そんな見た目の年齢そのままの態度のレミリアを見ていると、何かいけないモノがこみ上げて来るような気もしなくは無いが。
 今か今かと肩を震わせて待つレミリアの唇へ私の唇を合わせようとして……。

「遅くなったけど……」

 二人の唇が重なろうかという時にパチュリーの声が聞こえてくる。
 慌てて目を開けると、多少息が上がりながらもテラスに足を踏み入れたパチュリーの姿が見える。
 反射的にお互いの息がかかるまで近付いていた距離から一気に離れる。

「ちょっとレミィ! アリスになんかしたの!?」
「パチェは相変わらず間が悪いわね。もう少しだったのに……」

 レミリアは本当に残念そうに息を吐いて、パチュリーを見る。
 そんな態度のレミリアにパチュリーは詰め寄る。

「この前みたいにアリスは何か変な事されてないわよね!?」
「え、えーと、変な事というか……」

 自分がしようとしていた事を思い出して、顔が少し熱くなる。

「ちょっと、アリスの顔が真っ赤じゃない! またレミィが何かしたんでしょう!」
「いや、私は何も……」

 パチュリーがレミリアを問い詰める声を聞きながら、『また今度ね』とレミリアに心の中で謝る。
 次に会う時にはもっと貴女に夢中になっているだろうから……今度こそ、ね?




◆後書き
これにて「レミ×アリですが何か?」の既刊公開が最後になります。
いかがだったでしょうか?
ちょっと文の区切り方を変えてみました。
こちらの方が良い……のかな?
掲載の仕方は次の文章更新までの課題となりそうです。
カリスマ&乙女なお嬢様を表現できていればなーと思います。

こんな感じの本を冬コミでも出すのでよろしかったらぜひ。
(2008/12/13)

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