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東方小噺 「アリスとメイド服」


 ドンッ!
 紅魔館の図書館から閃光と空気を揺らす音がほぼ同時に聞えると誰かが図書館の床に墜落し、埃が舞い上がる。
 埃が舞った墜落地点にこの図書館の主であるパチュリー・ノーレッジが近づいていく。

「今回は私の勝ちね」

 自身が勝負相手である人形遣いに高らかに勝利宣言をする。

「痛たたたたっ……私がただの引きこもりの魔女に負けるなんて」
「それは貴女には言われたくはないわね」
「……ごもっとも」

 人形遣いこと、アリス・マーガトロイドは服についた埃を払いながら立ち上がる。

「それはそうと、ここはちゃんと掃除してるの?埃まみれで服が汚れたんだけど」
「それができればとっくのとうにやってるわよ……小悪魔が盗人対策への時間を掃除に回せればね」
「そ、そう……」

 ギリギリと悔しそうな表情を浮かべるパチュリーにアリスは苦笑いを浮かべるしかなかった。

「さて、お約束の罰ゲームだけど……」
「うっ」

 アリスが魔法の完成度を試すためにパチュリーに弾幕ごっこを持ちかけると、ただ勝負するだけではつまらないと言ったパチュリーは、勝負する代わりに『ある条件』を持ちかけたのだった。
 条件とはいたってシンプル。勝者は敗者にひとつ罰ゲームを課すことができるというもの。
 勝負に負けたアリスの運命はパチュリーの意思にかかっているのだった。

「とは言ったもののどうしようかしらね……」
「そのまま罰ゲームの内容を考え付かないでくれると良いけど……」
「何か言ったかしら?」
「何もー」
「う〜ん、そうね。そうしましょうか」

 パチュリーは何か思いついたように、考え込む仕草を止めて何か閃いた様な顔をしている。
 一方、アリスは表向きの表情は至って冷静だったが、どんな無茶な条件を出されるのだろうかと、内心はビクビクしていた。

「ちょっと、ここで待ってて」
「え?」
「じゃ、すぐ戻ってくるから……」
「ちょ、ちょっとー」

 何かを思いついたらしいパチュリーはアリスを残してどこかに行ってしまい、アリスは誰もいない薄暗い図書館に一人残されるのだった。



       ♪



「はい。これ」
「一体何なのよ……これは……」

 パチュリーから手渡された見覚えのある……ココの時を止める人間がよく着てる……。

「見て分からない?メイド服よ」
「それは見れば分かるけど、どうして……」
「アリス?貴女は弾幕ごっこで私に負けた。まさか約束を破らないわよね?」

 パチュリーはアリスの言葉を遮りニッコリと微笑む。目は全く笑っていなかったが。

「え、えーと……」

 アリスはパチュリーの鋭い視線から眼を泳がせて言葉を濁す。

「あぁ、ちなみにメイド服をアリスに着せることを妹様と遊んでいる魔理沙とレミィに話したら、二人とも嬉々としていたわ。多分、後で見に来るわよ」
「もう好きにして……」

 残酷な追い討ちにアリスはガックリと肩を落として疲れたような声を上げた。



       ♪



 アリスがメイド服に着替えて戻ってくると、いつの間にやらやって来た魔理沙がいつも通りパチュリーの前でふんぞり返って読書していた。

「おっ。アリスー、お茶はまだか〜?」
「うっさいわね!なんで、アンタにお茶を汲まなきゃいけないのよ!」
「アリス。お客さんには丁寧に対応しなさい」
「こういう時だけ魔理沙をお客扱い?!」

 魔理沙は偉そうにアリスを給仕扱いし、パチュリーは冷静にアリスにツッコむ。
 二人ともメイド服に関しては何も言わずにいつも通り本を読み続けているので、アリスは少々寂しいものを感じたが。

「パチェ〜。アリスは着替えた〜?」
「また厄介なのが……」

 絶妙なタイミングで、館の主が珍しく図書館に顔を出してきた。
 目的が何なのかはわかりきってはいるが。

「あら、レミィ。本当に来るとは思ってなかったわ」
「勿論来るわよ。アリスのメイド服でしょう?それはもう……」

 レミリアは何かウットリとした表情で一人の世界に旅立っている。その姿には館の主らしきカリスマ性は微塵も感じられない。

「やっぱり、アリスね!何を着ても似合うわぁ〜。これを期に紅魔館で働いてみない?アリスなら特別に私の世話係に任命しちゃうわよ!」
「折角だけど……」

 妄想世界から戻ってくると、興奮した様子で詰め寄るレミリアにアリスはたじろぐ。

「レミィ。それは残念だけど、無理ね」
「どうしてよー」

 レミリアは頬を膨らませる。

「アリスは図書館専属にするから」
「……ちょっとでも期待した私が馬鹿だったわ」
「お?アリスは氷精なのか?」
「誰がチルノよ!いい?これは罰ゲームだから仕方なく着てるの。一時的なものなの。期間限定。わかるわね?レミリア!」
「怒ったアリスも可愛いわ〜♪」
「…………」
「やれやれだぜ」
「恋は盲目ね」

 三者三様、レミリアの暴走に呆れ果てたのだった。



       ♪



 一通り暴れて満足したらしいレミリアは自室に帰っていき、図書館にはいつもの静寂が戻る。
 もっとも最後までアリスへの熱心な勧誘を惜しまなかったが。

「なぁ、アリス?」
「何よ」
「さっきも言ったが、紅茶を淹れて欲しいのだが」
「嫌よ。なんで、私が魔理沙なんかに……」
「あ、魔理沙が貰うなら私もついでに」
「パチュリーまで……」
「言っておくけど……」
「はいはい。わかりました!淹れればいいんでしょ!淹れれば!!」

 アリスはヤケクソ気味に席を立って、図書館を後にした。

「なぁ、パチュリー」
「何よ?」
「アリスって、可愛いヤツだよなぁ……からかい甲斐があるというか……」
「何を今更……」

 後に残った二人に散々な言われ方をしている事を当人は知るよしも無かった。



       ♪



 アリスは乗せられるがまま、紅魔館のキッチンにやって来て、茶器を引っ張り出していた。

「全く、どうして私が……」

 頼まれてしまうと拒否できない、微妙な人の良さを呪いながらも慣れた手つきで準備を進める。

「ちょっとー、誰かいるの……あら?」
「あっ」

 メイド長、十六夜咲夜がキッチンを覗くと、メイド服を着たアリスと出会いしばし固まる。

「パチュリー様がメイド服を借りに来たから、何をするかと思えば……」
「…………」

 咲夜が話しかけてくると、アリスは露骨に嫌そうな顔をする。

「いや、まぁ……その何て言いましょう」
「何よ?」
「本当に紅魔館のメイドをやってみる?」
「冗談きついわ……」

 返事を聞いた咲夜は「そうよね」と言ってカラカラと笑う。

「ま、冗談だけど……」

 咲夜は一度言葉を区切り、アリスの眼を見つめて真面目な顔になり言葉を続ける。

「アリスが来た時のパチュリー様はなんだか楽しそうだから」
「あのパチュリーが、楽しそう?」

 アリスは静かに本を読み続けていたパチュリーの姿を思い浮かべる。

「パチュリー様は照れ屋だから。表面上には出さないけど、アリスが帰った後のパチュリー様はすごく機嫌が良さそうよ?」
「そうなんだ……」
「これからも時々で良いから来て貰えると嬉しいわ」
「……わかったわ」

 そう言ってアリスは何かを考える仕草をするのだった

       ♪

「あれ……魔理沙はどこに行ったの?」

 紅茶を淹れて戻って来ると、パチュリーは図書館を出た時と同じ様に本を読んでいるが、魔理沙の姿は見えない。

「妹様にせがまれてどこかに連れて行かれたわよ。多分どこかで弾幕ごっこでもしているんじゃないかしら?」

 本から視線を逸らさずにパチュリーがアリスの疑問に答える。
 本に夢中になってアリスの方を見向きもしないパチュリーがこの時間を楽しんでるとは、アリスにはとても思えないのだが。

「全く人にお茶を持ってこさせておいて……」
「そう言わないの。代わりに魔理沙の分まで私が飲むわ」

 パタンッと本を閉じて、視線を上げアリスに対して微笑む。

「あ、ありがとう」

 パチュリーらしくない笑顔と真っ直ぐな瞳にアリスは少し照れて顔を背けてしまうが、そんなアリスを見てパチュリーは小首をかしげる。

「とりあえず、お茶を貰ってもいいかしら?」
「あっ、うん」

 カップを差し出し、お茶を注ぐ。
 パチュリーは黙ってカップに手をつけ一口飲むと。

「うん。美味しい」

 パチュリーが美味しそうに微笑んだ瞬間、アリスは心底から適わないなぁと思うのだった。








後書き
とりあえず、遅延しながらも前々から言っていたSSができたのでとりあえずアップ。
某女史の一コマ絵に触発されたパチュアリSSです。
オチのつけ方とか随所に少し訂正点があるかも。
また後日、修正版をあげるかな?


某女史こと、ひよりさんが落書き状態から、色をつけてくれました。
「Gallery」→「ILLUST」→「東方」→「図書館専属メイド?」までどうぞ。

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