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「…どう? 少しは落ち着いた?」

あたしの頭上から、優しげな声が振ってくる。

「ん…ありがとう、藤崎くん」

その声の主が差し出してくれた紅茶を受け取って答えた。

今、あたしはカナの家にいる。
目の前にいるこの優しい雰囲気を持った人は、藤崎 真(ふじさき まこと)くん。
あたし達の同級生にして、さっき言ったカナの彼氏。

彼がカナと付き合っているというのは、当人同士とあたししか知らない。
藤崎くんも人気があるから、カナにとばっちりが来ないように、というのが理由だ。
今、藤崎くんはあたしとカナのクラスとは違うから、
あたしが藤崎くんの代わりにカナをガードしている。

「でも一体どうしたの? ミヨ…」

同じテーブルに座ったカナが、あたしを心配そうに覗き込んでくる。
そりゃ、あたしが暗い顔で『ちょっと部屋に居させて』って頼んだら心配もするだろう。

「ん…なんでもない、大丈夫だから」

そう答えるけど、あたしの言葉に説得力がないのは自分でも自覚している。
あたしはちょっとバツが悪くなるのを感じながら、紅茶を口に含んだ。

あたしの携帯は…電源を切ってある。
ここに来るまでにも何回か翔耶から電話がかかってきて…あたしは、電源を切ってしまった。
翔耶の言葉が聞きたいのに…あの続きを聞くのが怖い。
…別れたくない…

♪〜♪〜♪♪〜♪〜♪♪

「あれ? なんだろ…」

突然カナの携帯が鳴り出した。カナがそれを手にとって、画面を見て当惑する。

「どうしたの?」

「真くん…知らない人からみたい」

カナが首をかしげながら携帯を耳に当てた。

「はい。…っえ!? えと、あ、はい、そうです…え! えっと、えっと…」

すると、カナはあたしの方を見ながら当惑したかのようにまごまごし始める。
見ていられなくなったのか、藤崎くんがカナから携帯を取り上げた。

「ひゃあっ!?」

「もしもし。どちらさまでしょうか? …え? あ、はい、僕は佳奈美の彼氏ですが…
 あ、そうなんですか。はい、居ますよ。はい。わかりました、
 そうしておきますね。それでは」

あっというまに話をつけたのか、藤崎くんは携帯を切ってカナに返す。
気になったあたしは、藤崎くんに聞いてみた。

「…何だったの?」

「ん? いや、なんでもないよ」

微笑みながら、藤崎くんはそう返した。

一方のカナの方は、事態が理解できていないのか、藤崎くんの顔をみながら
頭の上に「?」マークをいっぱいつけている。

「クスクス、紅茶、新しいのを淹れるよ。島津さんも飲む?」

「え? あ、うん…」

藤崎くんの申し出に、ありがたく甘えることにした。

でも…なんだったんだろう?



それからしばらくした後。

ピンポーン

カナの家にチャイムが響いた。

「あれ? 誰だろ…」

「カナ、家の人、いないの?」

「うん、今日はみんな出かけてて…ちょっと待って、出てくる」

カナが席を立とうとするけど、それを藤崎くんが止めた。

「いや、オレが出るよ。佳奈美と島津さんはここで待ってて」

「え? 真くん、でも…」

「いいから」

部屋から出ようとするカナを押し留めて、藤崎くんは階下へと降りていってしまった。

「な、なんなんだろう…?」

当惑するカナ。しばらくして、家の扉が開く音がして、
どんどんと急ぎ足で二階に上ってくる荒々しい足音…って、ええ!?

「美代!」

バンっと勢いよく扉が開いて、そこに居たのは…翔耶。
嘘…翔耶、カナとも面識がないはずなのに、なんでここに…!?

「翔耶…どうし、て…」
「馬鹿野郎っ!!」

あたしが当惑する暇もなく、翔耶はあたしを抱きしめてきた。

…え? 何、何なの??

横目で見ると、カナもびっくりした顔でこっちを見てくる。

「オレがどれだけ心配したと思ってんだっ! お前の家には居ないし、
 あの公園を探し回ってみても商店街一回りしても居ないし、携帯はつながらねえし、
 思わず血の気が引いたんだぞっ!!」

翔耶が…あたし、を、心配…?

ようやくあたしを解放した翔耶は、むすっとした顔で

「来い」

といってあたしの腕を掴んで問答無用で連行しようとする。

「え? ちょ、ちょっと…」

あたしは抵抗する前に何が何なのかさっぱりわからず、連れられるがままに連行される。
カナも何がなんだか、という感じであたしを見守っている。

唯一、藤崎くんだけがちょっと含みのある笑顔で、あたし達を見送っていた。




「ちょ、ちょっと、翔耶…?」

あたしは翔耶の運転する車の中で、横にいるアイツに恐る恐る声をかける。

あれから翔耶の車に押し込められ、連れられていったのは…洋服店。
それもちょっと高級な感じのところだ。
そこで、スーツっぽい服をいわれるがままに選ばされ、翔耶がそれを買った。

その服を着させられたまま、あたしはまた翔耶の車に押し込められ…現在に至る。

…今気づいたけど、翔耶もびしっとした上品そうなスーツに身を包んでいる。
翔耶は、あたしの声など聞こえないかのように無表情で車を運転していた。
その横顔が…やはり、かっこいいと思ってしまう。

「…着いたぞ」

しばらくして車が止められ、あたしはドアを開けて外に出る。

そして目の前にあったのは…高級ホテル?
嘘…あの、一泊十万円とか二十万円とかする、高級ホテルじゃない!!
何、どうして翔耶があたしをこんなところに…?

「来い」

相変わらず翔耶は無表情でそう言い、
あたしの手を…今度はやさしげに掴んで、エスコートしてくる。

そして真っ直ぐホテルに入ると、エレベーターまで言って上行きのボタンを押した。
エレベーターが開いて中に入ると、翔耶は最上階のボタンを押す。
…ここの最上階…って、たしかテレビでもやってた、超高級レストランになってるんだよね?
どうして翔耶が…。

あたし達は無言のまま、エレベーターの中で少しの時間をすごす。
だいぶ落ち着いてきたあたしは、今の状況をようやく冷静に判断できる気になった。
どうやってカナの家の場所を知ったのかはわからないけど…
洋服店に寄って服を買ったのは、まず間違いなくあたしをここに来させるため。

ここの超高級レストランで…最後の、晩餐をしようってコト?

あたしと、別れるために…。
……イヤ……離れたくない…

心のその叫びも、翔耶には届くはずもなく。
チン、と音がしてエレベーターの扉が開いた。

「…降りるぞ」

翔耶があたしの手を掴んでくるけど…あたしはそれを振り払った。

「…イヤ」

「馬鹿いうな。いつまでもここにいたら迷惑がかかるだろう?」

あたしはそのまま、エレベーターから降りさせられた。

「…何で、そんな顔、してんだよ」

翔耶があたしの顔を改めて覗き込もうとする。
でも、あたしは翔耶と目を合わせられなくて…

「…最後、なんて、イヤ…」

あたしは、やっとそれだけを口にする。

「何だよ、最後って」

「…あたしと、別れるために…最後の晩餐をしようってことでしょ…っ!!」

あまり大声は出せないから、声を押し殺しつつそこまでようやく喋った。
翔耶の動きが止まるのがわかる。
イヤ…離れたくない…

もっと、翔耶の傍に…居たい…

「…ったく、どこまで鈍いお姫様なんだよ」

…え?

あたしは思わず顔を上げた。翔耶は、目頭を押さえて、呆れたって顔してる。

「明日が何の日か、わかるか?」

翔耶があたしの目を見つめながら言ってきた。
明日…って、忘れるはずがない。17年間ずっと続けてきた、あたしの…え?
もしかして…嘘…!!


「誕生日だろう? お前の」


「……っ!!」
自分でもすっかり忘れていた。
明日は、あたしの、18回目の誕生日。

まさか…翔耶…

「…ここのレストラン、予約しといたんだ。このホテルの部屋もな」

「翔…耶…」

「お前が18歳になった、その瞬間に…オレが誰よりも先に、祝ってやりたかったんだよ」

嘘…翔耶があたしのために、ここのレストランと…ホテルの部屋まで!?
だって、ここのホテル…十万とか、二十万とかするホテルなのよ!?

「ったく、突然言って驚かせてやろうとか思ってたのに…こんな形で言わなきゃいけないなんてな」

翔耶が大きくため息を付きながら、言った。

「で、でも…今日、あの商店街で…」

「オンナが目ざとくオレに気づいて、勝手に群がってきただけ」

「だ、だから何であんなところに…」

「…美代のプレゼント、取りに行ってたんだよ。
 ああくそ、ここまでバラさなきゃいけないなんてもう情けねー、オレ…」

頭をかきながら…顔を紅く染めながら…翔耶が言う。

「だ、だって! 大学忙しいって言ってたのに…」

「…ここのホテルのレストラン代と宿泊代、稼ぐためにバイトしてたんだ。一週間、ずっとな」

じゃあ…商店街で翔耶が遊んでたって思ってたのも…ここで最後の晩餐っていうのも、全部…

あたしの――勘違い?

ホントは…この日のために、ずっと頑張っててくれてたの?
あたしを…驚かせるために、喜ばせるために…?

――翔耶――

「…しょう、やぁ…」

思わず涙が溢れてくる。

こんなに尽くしてくれる翔耶が愛しくて…翔耶を傷つけてばかりいた自分が悔しくて…。
あたしのこと、ずっと思っててくれたのに、あんな辛く当たってしまって。

「ごめん…なさい…」

泣きじゃくるあたしを、翔耶がそっと抱きしめてくれる。

「…さ、入るぞ」
「…うん」

翔耶がそっとあたしの肩を抱きながら、レストランの中へとエスコートしてくれた。




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