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オレ以外の男に美代を近づけてたまるか。

その一心で、オレは車を飛ばしていた。
幸い、道は真っ直ぐと伸びた広い道路。
しかも中途半端な時間帯のせいか、他に車はほとんど走っていない。

赤信号にひっかかるたびに、気持ちが焦る。
(なんでこんな赤にばっか引っかかるんだっ!)
普段はそれほど気にならない赤信号が、ものすごく不快だった。

ちくしょう、やっぱりアイツをあのまま公園に残しておくんじゃなかった!!





「ここかっ!」

さきほど親父に電話したときにとったメモに書かれている住所。
ようやくそこに辿り着いた。
ちょっとした高級住宅の中にある、しゃれた家。

ピンポーン

……

(なんだよ…早く出ろ!)

呼び鈴を押して返事を待つ。
そんな短いはずの時間でさえ、長く感じてイライラする。
無意識に自分の体を小刻みに揺らしていた。

がちゃ

「はい」

ようやく扉が開く。
その途端、オレはその扉に飛びついて引っぺがすように開け放つ。

一瞬驚いたような表情のその顔は…美代ではない。
見知らぬ男だった。

(こいつ、が…)

「…三加和さん、ですか?」

予想はしていたのか、奴が驚いたのは一瞬だった。
オレよりも先に奴が口を開く。
その声は紛れもない、さきほどの電話の男の声だった。

「…そうです、美代はどこです?」

勤めて冷静に口を開くが、焦りが混じって語尾が強くなった。
思わず普段どおり、彼女の名字ではなく名前で言ってしまう。
この男が、今まで美代といた奴…!!

「こっちです。上がってください」

そういってオレを玄関の中まで促した。

オレは足早に靴を脱ぎ、男の先導のもと一気に階段を昇る。

「右の奥のドアが…」

バンッ

「美代!」

奴が指差した先のドア、
男が言い終わるより早くオレは男を押し退けて乱暴に開け放った。

目の前に広がるのは、白と黄色を基調とした可愛らしい部屋、
その中のテーブルに座っている二人のオンナ。

片方はなじみがないが、街中で美代とばったり会った時のオンナだった。
そしてもう片方が…

「翔耶…どうし、て…」
「馬鹿野郎っ!!」

目にした瞬間、オレの頭の中で何かがはじけた。
とにかく目の前のそのオンナに駆け寄り、抱きしめる。

「オレがどれだけ心配したと思ってんだっ! お前の家には居ないし、
 あの公園を探し回ってみても商店街一回りしても居ないし、携帯はつながらねえし、
 思わず血の気が引いたんだぞっ!!」

…勢いに任せてそこまで喋ってから。
オレははっと我に返った。

驚きに何がなんだかわからない、という顔をした美代。
ちらりと横目で見れば、おそらく”カナ”であろうオンナも放心している。

…おい待て、何やってんだオレはっ!?

何がなんだかわからなくて、無意識に美代を抱きしめていた。
我に返ってから、急に気まずくなる。
慌てぬよう、ゆっくりと美代の体にまわした手を外す。

……

オレは、勤めて表情を変えぬようにしながら

「来い」

美代の腕を掴み、ドアの方向を向いて早足で歩いた。
オレの表情を、見せないようにしながら。

(……!)

ドアの前に、あの男が居た。
意味ありげな…いたずらっこのような目でオレを見ている。

(ちっ…)

どいつもこいつも…!
オレは奴から視線をあえて外して、美代の腕を掴んだまま階下に下りていった。




「ちょ、ちょっと、翔耶…?」

美代が何を言っても、オレは無言で運転をしていた。

奴の家を出てから、”三加和”の会社の息がかかった洋服店に直行した。
そこで、美代に似合いそうなスーツを選んで買った。
代金はもちろんオレが払った。
この日のために…美代と会う時間を削ってまで、大学の農学部でバイトをしていた。
この日のためにオレが自分で稼いだ金だった。

きらきらとしている、緑色のワンピースのような服。
その服を着せたままの状態で、再び車を走らせている。

あの男のところに、美代がいた。
もちろん、ただ友人の彼氏として付き添っていただけなのだろう。
そんな状況で、美代とその男がどうこうなるはずはない。
そんなことがわからないほど、オレはガキじゃない。

ガキじゃない…はずだった。

普段なら気にも留めなかっただろう。
だが、美代がオレから離れていこうとしていた状況で
あの男がオレよりも美代の近くにいたことに腹が立った。
そして、あの男がオレに見せた流し目。

(…ムカツク、あの野郎っ)

美代の近くに、他の男を寄せ付けてたまるか!!

イラつくあまり、ハンドルがおおきくぶれそうになる。
オレは、隣に座っている美代に気付かれぬようにハンドルを握りなおした。

そして、はたと思い立って、あまりに情けない自分自身に対してため息をつく。

(嫉妬の次は、束縛かよ。ホントに、何やってんだオレは…)




「…着いたぞ」

それからしばらく走って、ようやく目的地に到着した。
そこは、以前から目をつけていた高級ホテル。
事前に予約は入れてあった。3ヶ月も前に。

「来い」

相変わらずわけがわからないという表情のままの美代を車から降ろし、
オレは…今度は優しく美代の手を掴んだ。
そのまま、ゆっくりと彼女をホテルの中へとエスコートする。

鈍いところは、相変わらずなのか…コイツは。
ここまでやって、まだ気付かない自分の彼女にオレは苦笑した。



ホテルのフロントで手早くチェックインを済ませたオレは、
エレベーターの前まで来て、上行きのボタンを押した。
ついたエレベーターの中に入り、最上階のボタンを押す。

「……」

いまだに一言も喋らない美代。
ちらりと横顔を見ると、神妙そうな顔をしていた。

(やっと、気付いたか?)

チン、と音がしてエレベーターの扉が開いた。

「…降りるぞ」

「…イヤ」

返ってきた返事に、オレは再び背筋に寒気が走った。

「馬鹿いうな。いつまでもここにいたら迷惑がかかるだろう?」

降りようとしない美代を無理やり促して、エレベーターから降ろす。
彼女の背後で、エレベーターの扉が閉じられた。

「…何で、そんな顔、してんだよ」

美代の目が、表情が見たくて、
オレは俯き気味の美代の顔を覗き込もうとする。
けれど、美代はその視線から逃れるように顔をそむけた。

「…最後、なんて、イヤ…」

…最後?
最後って、どういうことだ?

「何だよ、最後って」

オレに嫌気が…さしたってのか?
震えそうになる声で、オレは彼女に問いかける。

「…あたしと、別れるために…最後の晩餐をしようってことでしょ…っ!!」

……

(……は?)

その突拍子もない内容に、おもわず間抜けな声を漏らしてしまいそうになった。

ちょっとまて、ここまでやって気付かなかったってのか?
この日に、服まで着せて、高級ホテルの最上階のレストランに呼んで。
ここまでやって、彼女はこれを「最後の晩餐」と勘違いした、と?

「…ったく、どこまで鈍いお姫様なんだよ」

心の中の声、とすることはできず、本当に声を漏らしてしまった。
思わず目頭を押さえる。

美代がようやく顔を上げた。
彼女の…涙に濡れた赤い目を見ながら、オレは彼女に問いかける。

「明日が何の日か、わかるか?」

ようやく見れた。
彼女の瞳を…今まで正面から見ることができなかった彼女の視線を。




「誕生日だろう? お前の」





まっすぐ、見ることができた。




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